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「北信濃の旅人」(16) 弥次郎兵衛と喜多八⑬
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「すかい」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 16回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、8月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑭の予定です。 その前の連載「北信濃 江戸時代の風景」「北信濃 明治時代の風景」も当サイトにまとめてあります。
7月22日


北信・東信・中信・南信の区分はいつできたのか?信毎に掲載された小林会長の調査研究
6/30(火)信濃毎日新聞に「かつて松本は『南信』、実は『西信』もあった!? 長野県の『東北中南』変遷の謎に迫る」が掲載されました。 かつて松本は「南信」、実は「西信」もあった!? 長野県の「東北中南」変遷の謎に迫る|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト 長野郷土史研究会の小林一郎会長が調査研究した『長野』328号(2026年4月発行)を取材していただいた内容です。 現在の長野県は、北信・東信・中信・南信の4つの地域区分があります。 しかしかつて長野県は、東北信と中南信の2区分でした。 その2区分から、いつどのように現在の4区分に変わったのかを明らかにした論文です。 詳細な内容をお知りになりたい方は、機関誌『長野』328号をご注文ください。 機関誌『長野』 | 長野郷土史研究会 | 長野市 表紙は、地域区分の起こりとなったと推定される、伊那県(信濃に最初にできた県)が置いた南信商社跡の飯島陣屋(上伊那郡飯島町)。
7月6日


長野信金大門町支店 展示「善光寺界わいの一茶の句碑」
6月30日(火)「長野信用金庫」大門町支店のディスプレイが展示替えされました。 長野郷土史研究会は制作に協力しています。 長野駅から善光寺向かう、善光寺表参道(中央通り)沿いにある信金大門町支店。 大パネルは「令和8年は小林一茶の200回忌 善光寺界わいの一茶句碑(3)」。 今回は最終回です。 新田町交差点から末広町交差点までの句碑を、地図入りで紹介しています。 ① 末広町交差点(南石堂町) 初ゆきや雪(せっ)駄(た)ならして善光寺 横田文子書 ② 末広町交差点(南石堂町) 善光寺へ行(いっ)てきた顔や雀の子 横田文子書 ③ かるかや山前交差点(北石堂町) 善光寺やかけ念仏で明(あけ)の春 横田文子書 ④ かるかや山西光寺境内(北石堂町) 花の世は仏の身さへおや子哉 真蹟拡大 ⑤ 新田町交差点(問御所町)道標南面 そば時や月のしなのゝ善光寺 長田長治書 ⑥新田町交差点(問御所町)道標北面 開帳に逢ふや雀もおや子連 長田長治書 ⑦ 新田町交差点(新田町)道標東面 春風や牛に引かれて善光寺 長田長治書 ⑧ 新田町交差点(新田町)道標西面 ぼた餅や地
7月4日


古文書で江戸時代後期の善光寺を学ぶ
6 /26 (金)「長野郷土史研究会」は、古文書講座を行いました。 江戸時代後期に書かれた「『善光寺四十八願所巡礼記』を読む」。 来年には、善光寺御開帳を控えています。その前の学習としては最適な巡礼記です。 会場は南千歳町公民館1階。10時から11時半。 講師は、小林一郎会長。11名が学びました。 今も続く、善光寺の伝統的な行事や風習。 江戸時代後期の善光寺の様子を深く知ることができる古文書学習でした。 小林会長は、初心者の方にも、一字ずつ分かりやすく解説しました。 長野郷土史研究会では、会場と同じ内容をインターネットのZoomでも行います。 (5/28、7/2、7/23の木曜3回 各回20:00~) 関心のある方は、電話かメールで、どうぞお気軽にお申し込みください。 こちらは無料で行います。 長野郷土史研究会 TEL 070-4026-1252(専用携帯・平日 月~金 16:00~19:00) 電子メール kyodoshi@janis.or.jp
6月27日


「北信濃の旅人」(15) 弥次郎兵衛と喜多八⑫
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「すかい」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 15回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、7月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑬の予定です。 その前の連載「北信濃 江戸時代の風景」「北信濃 明治時代の風景」も当サイトにまとめてあります。
6月24日


故郷に戻った『七番日記』 一茶の実像に迫った講演会
6/12(金)長野郷土史研究会は、第3回まちなかミュージアム講座を開催しました。 一茶200回忌 記念講演会「七番日記の一茶」と題して、「一茶記念館」(信濃町)の渡辺洋学芸員をお迎えしました。信濃町は昨年、小林一茶が記した代表的な句日記『七番(しちばん)日記』の原本を購入しました。 渡辺氏の解説によると、『七番日記』は、一茶の9年間の自筆の日記で、俳句7300句が記録されています。一茶の俳句は2100句余ですが、その3分の1という膨大な量です。 また内容も、江戸から故郷柏原に帰り、弟との遺産相続問題の決着、結婚、子の誕生・死という激動期の記録だということです。 会場は、長野駅近くの南千歳町公民館。10時から11時半まで、26名がお聞きしました。 渡辺氏は、『七番日記』取得の経過を説明。 続いて『七番日記』の重要性、取り上げられた名句や、一茶を顕彰をした人々を紹介しました。 また、渡辺氏ご自身の研究から『七番日記』の逸話を語りました。 一茶記念館では、特別展「七番日記の一茶」を8/1(土)~11/30(月)まで開催します。 初公開の『七番日記』をは
6月13日


「北信濃の旅人」(14) 弥次郎兵衛と喜多八⑪
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「すかい」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 14回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、6月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑫の予定です。 その前の連載「北信濃 江戸時代の風景」「北信濃 明治時代の風景」も当サイトにまとめてあります。
5月21日


古文書講座『善光寺四十八願所巡礼記』を読む
5 /15(金)長野郷土史研究会は、恒例の古文書講座を行いました。 今回は、江戸時代後期に書かれた『善光寺四十八願所巡礼記』でした。 会場は南千歳町公民館1階。10時から11時半。 講師は、小林一郎会長。15名が学びました。 小林会長は、「『善光寺四十八願所巡礼記』は、これまであまり知られていませんでしたので、今回はテキストとして取り上げました」として、1番の清凉寺(京都市)から48番の善光寺(長野市)までの四十八ヶ寺を一覧表で解説してから始めました。 来年の善光寺御開帳を控えて、受講者はとても興味深く熱心に学びました。 初心者の方にも、一字ずつ分かりやすく解説しました。 次回は6/26(金)10:00~11:30です。 また長野郷土史研究会では、会場と同じ内容をインターネットのZoomでも行います。 (5/28、7/2、7/23の木曜3回 各回20:00~) 関心のある方は、電話かメールで、どうぞお気軽にお申し込みください。 こちらは無料で行います。 長野郷土史研究会 TEL 070-4026-1252(専用携帯・平日 月~金 16:00~
5月15日


「北信濃の旅人」(13) 弥次郎兵衛と喜多八⑩
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「 すかい 」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 13回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、5月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑪の予定です。 その前の連載「 北信濃 江戸時代の風景 」「 北信濃 明治時代の風景 」も当サイトにまとめてあります。
4月20日


「北信濃の旅人」(12) 弥次郎兵衛と喜多八⑨
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「 すかい 」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 12回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、4月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑩の予定です。 その前の連載「 北信濃 江戸時代の風景 」「 北信濃 明治時代の風景 」も当サイトにまとめてあります。
3月23日


絵師のふるさと、敦賀市立博物館から学芸員が見えて調査
3/15(日)は、月遅れの涅槃会です。 小林玲子副会長が13時半から、善光寺の世尊院釈迦堂で涅槃図の絵解きを行いました。 大涅槃図が掛けられた釈迦堂には、60名程の方が参集されました。 寒い中でしたが、皆様、熱心にお聴きいただきました。 釈迦堂の大涅槃図を描いた絵師は、法橋中村学雄。 寛文7年(1667)、若狭国(福井県)小浜藩主・酒井忠直が、長安寺に寄進しました。 長安寺は江戸の寺でしたが現存していません。 その涅槃図が、現在、善光寺世尊院釈迦堂に伝わっています。 1年に1回、涅槃会に掛けられる涅槃図に合わせて、本日は絵師の地元の敦賀市立博物館から加藤敦子学芸員が見えました。 絵の状態が非常に良いことや、色彩が美しいと評価されました。 掛け軸の大きさや、箱書きなども調査されました。 敦賀では同絵師による作品が少なくて、市民には知られていないので、もっと知ってほしいとも仰っていました。 信濃毎日新聞の取材もあって、私どもも学芸員の方と一日ご一緒しました。 昨年3月に北陸新幹線は福井県の敦賀まで延伸しました。 敦賀では、14日、15日と、開業2年を
3月16日


令和8年度の総会を行いました
3/7(土)10時から長野郷土史研究会は、令和8年度総会を行いました。 会場は南千歳町公民館1階。14名が出席しました。 令和7年度事業報告、会計報告、会計監査報告。 令和8年度事業計画、役員選出が行われ、全て承認されました。 続いて小林一郎会長の講話「県歌『信濃の国』の作詞者 浅井洌の名前の読み方の変遷」がありました。実際に出版された本の活字を紹介して、明快に解説しました。 その内容は、本会の機関誌『長野』327号に「渡辺敏と浅井洌の名前の読み方の変遷」に詳しく載っています。 小林会長は、最初のあいさつで「2006年に、父小林計一郎から会長を引き継いで20年となった。県の人口は2000年がピークで、2006年から減少しているが、本会の会員数も減少している。現状に合わせて、コンパクトな形で継承していきたい。昨年から始まった「まちなかミュージアム講座」は好評で、今後も続けていきたい」と語りました。 その後、幹事会を行いました。 ひとりずつ、現在行っていることや、考えていることを語りあいました。 ボランティアで町を支えている。道路の愛称に誇りを持ちた
3月9日


「北信濃の旅人」(11) 弥次郎兵衛と喜多八⑧
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「 すかい 」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 11回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、3月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑨の予定です。 その前の連載「 北信濃 江戸時代の風景 」「 北信濃 明治時代の風景 」も当サイトにまとめてあります。
2月21日


「北信濃の旅人」(10) 弥次郎兵衛と喜多八⑦
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「 すかい 」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 10回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、2月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑧の予定です。 その前の連載「 北信濃 江戸時代の風景 」「 北信濃 明治時代の風景 」も当サイトにまとめてあります。
1月21日


信金大門町支店 展示替え「一茶句碑」と「三原屋商店」
「長野信用金庫」大門町支店のディスプレイ。 長野郷土史研究会が制作に協力していて、3ヵ月ごとに展示替えをしています。 12月25日(木)に展示替えが行われました。 信金大門町支店は、長野駅から善光寺向かう、善光寺表参道沿いにあります。 大パネルは、令和8年に200回忌を迎える、柏原の俳人、小林一茶をを取り上げました。 3回に分けて、善光寺界わいにある句碑を紹介します。 国道406号線沿いにある9基の句碑。 そのひとつ「雪とけて町いっぱいの子どもかな」(田辺聖子氏) また小パネルは、門前の登録有形文化財の「 三原屋商店 」(桜枝町)を2枚で取り上げました。こちらは写真に、解説と英訳付きです。 味噌・醤油の醸造の三原屋商店は、嘉永元年(1848)の創業。 店舗と北蔵、中蔵、東蔵、南蔵、西蔵が、明治5年から10年頃に建てられた建物で、登録有形文化財になっています。 善光寺と鬼無里方面を結ぶ桜枝町通りに面している店舗と北蔵。 善光寺表参道を歩く際に、是非、ご覧ください。
2025年12月26日


「北信濃の旅人」(9) 弥次郎兵衛と喜多八⑥
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「 すかい 」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 9回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、1月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑦の予定です。 その前の連載「 北信濃 江戸時代の風景 」「 北信濃 明治時代の風景 」も当サイトにまとめてあります。
2025年12月22日


給然寺(安曇野市明科)で釈迦涅槃図の絵解き
11/23(日)安曇野市明科の給然寺で、小林玲子副会長が釈迦涅槃図の絵解きを行いました。 恒例のお十夜法要に合わせて、本堂に寺宝の当麻曼陀羅が掛けられます。 初めて同寺で当麻曼陀羅の絵解きを行ったのは1996年でした。 本堂に掛けられた当麻曼陀羅(安曇野市有形文化財) 「釈迦涅槃図」の絵解きは、庫裏で行いました。 絵解きの前には、小林一郎会長が、このほど大本願の住職になられた川名観惠上人のご出身の青山善光寺についてお話ししました。 給然寺の大澤慶哲住職は、今年4月11日に大本願の御忌法要で導師を務められました。 2025年4月「 善光寺大本願「御忌法要」導師に給然寺の大澤慶哲住職 」 私も参列させていただき、貴重な体験をしました。本日はその記念アルバムを頂戴しました。
2025年11月24日


現代にも通じる一茶の句を学ぶ 小林一郎会長の講座
11/21(金)長野郷土史研究会は、古文書講座を行いました。「善光寺門前の蔦屋が出版した『一茶発句集』を読む」の第3回で、最終回でした。 会場は、長野駅近くの南千歳町公民館1階 (南千歳公園北)。 講師は、長野郷土史研究会の小林一郎会長。 善光寺門前の蔦屋伴五郎が世に出した『一茶発句集』について9名が学びました。 庶民のまなざしが、生き生きと伝わる一茶の句。現在にも通じる句がたくさんありました。小林会長は、1句ずつを丁寧に解説しました。 来年は、一茶の200回忌です。 改めて、一茶に思いを馳せて、学ぶ一年にしたいと思います。
2025年11月22日


「北信濃の旅人」(8) 弥次郎兵衛と喜多八⑤
本会の会長・小林一郎は長野信用金庫の経済情報誌「 すかい 」にて「北信濃の旅人」を毎月連載しています。 その最新号が公開されました。以下からPDFで閲覧が可能です。 地域を見つめる経済情報誌「すかい」|長野信用金庫 8回目となる今回は、『東海道中膝栗毛』で有名な弥次郎兵衛と喜多八を取り上げています。 続編の『続膝栗毛』で、二人は善光寺に参詣するために善光寺街道を旅しました。 次回、12月号は「弥次郎兵衛と喜多八」⑥の予定です。 その前の連載「 北信濃 江戸時代の風景 」「 北信濃 明治時代の風景 」も当サイトにまとめてあります。
2025年11月21日


一茶のまなざし、風俗生き生きと 小林会長の古文書講座
10/31(金)長野郷土史研究会は、古文書講座を行いました。「善光寺門前の蔦屋が出版した『一茶発句集』を読む」3回シリーズの第2回でした。来年は一茶の200回忌です。 会場は、長野駅近くの南千歳町公民館1階 (南千歳公園北)。 公園のイチョウは、すっかり黄色に色づいていました。 善光寺門前の蔦屋伴五郎が世に出した『一茶発句集』について9名が学びました。 講師は、長野郷土史研究会の小林一郎会長。 小林会長は、一句ずつ丁寧に解説しました。一茶の人物など見るまなざしや、当時の風俗が生き生きと伝わってくる解説でした。 第3回は11月21日(金)10:30~11:40 申し込み 電話かメールで要事前申し込み 長野郷土史研究会 事務局 TEL 070-4026-1252(平日) kyodoshi@janis.or.jp 最後の会ですが、1回のみの受講も可能です。
2025年10月31日
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