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三津木春影と『呉田博士』

小林一郎会長のブログより、掲載します。


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2011年06月01日

三津木春影と『呉田博士』

小林一郎


 前回と前々回は長野市生まれの知られざる小説家、羽志主水と小林蹴月を紹介しました。今回は視野を全県に広げて、私が最も世に出したいと願っている小説家、三津木春影(みつぎしゅんえい)(1881~1915)を取り上げます。

 三津木春影は現在の伊那市に生まれ、早稲田大学英文科に学びました。当初は文芸雑誌に小説を発表していましたが、やがて少年向けの冒険小説で力を発揮しました。代表作は『呉田(くれた)博士』もので、少年たちに熱狂的に迎えられました。これは江戸川乱歩や横溝正史の少年時代の愛読書で、彼らの小説の基盤になりました。

 『呉田博士』は雑誌『冒険世界』などに連載され、明治44年から大正4年にかけて6冊にして出版されました。このシリーズはオースティン・フリーマンの「ソーンダイク博士」やコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」を翻案したもので、日本に西欧式の探偵小説を紹介することになりました。この作品の持つ怪異性は、後に江戸川乱歩や横溝正史に引き継がれました。

 このシリーズの主人公、呉田秀雄博士は法医学の大家で、専門的な知識を生かして難事件を解決します。呉田博士の出身地について、第1編の「巧妙自在 奇怪の指紋」の中に、「彼れ(留吉)は博士とは同じ郷里の信州から出たものであるから」という一節があります。呉田博士は信州出身の名探偵なのです。

 この『呉田博士』を何とかもう一度世に出したいと思っていたところ、末國善己著『探偵奇譚 呉田博士 完全版』が出版され、我が意を得た思いです。ところが長野県内の公立図書館でこれを購入したところはほとんどありません。三津木春影と『呉田博士』の県内での知名度の低さを改めて感じています。

 『呉田博士』が愛読された時代は、立川文庫が真田物などの講談小説で一世を風靡していた時期でもあります。それぞれの読者層の違いを調べてみたいものです。

 三津木春影は30代半ばで夭折しました。死後エッセイ集『三津木春影遺稿』が刊行されました。ここには冒険小説では見せなかった春影の繊細な心がつづられています。郷里への思いも伝わってきます。

※『探偵奇譚呉田博士 完全版』は、現在長野県内ですと長野市立長野図書館・長野市立南部図書館・安曇野市中央図書館・千曲市立更埴図書館の四カ所に所蔵されています。

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