連載「疎開」⑧ 世界のソニーの原点は須坂市の工場から
- インターネット担当
- 2025年7月16日
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今年は戦後80年です。本会の小林一郎会長は、数年前から調査してきた、長野県内に疎開した文化人を冊子にまとめて発行します。
冊子の発行は7月末ですが、長野市民新聞に、6/28(土)から、「疎開 長野に暮らした著名人」の連載が始まりました。長野市とその近郊への疎開者連載は、あと2回の予定です。
7/15(火)連載第8回は、ソニーの創始者・井深大さん(1908~1997)です。
戦争が激しくなると、井深さんが設立した工場は、須坂市に疎開しました。
疎開先は、現在、相森中学校となっている、廃業した製糸工場跡の建物でした。
その工場に招いたのが、生涯のパートナーとなった盛田昭夫さん(1921~1999)です。二人はその後も、親交を深めました。
戦後、東京に戻った井深さんは、盛田さんとともに昭和21年に会社を立ち上げて、ブランド名を「SONY」としました。
小林会長は「世界的な企業に発展したソニーの原点は、疎開地須坂での創業者2人の出会いにあったのです。」と紹介しています。







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